高いものはいいものだ。
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高級家電と呼ばれるものに一度手を伸ばすと、なかなか元には戻れない気がしています。その理由を考えてみると、「余計なことを考えなくてよくなる」。この一点に尽きます。
冷蔵庫とドライヤーを、ここ1〜2年で上位モデルに入れ替えてみて、いま一番はっきり実感しているのはそこです。


2024年の買ってよかったものは今でも買ってよかったと思っているか、2026年初頭に改めて振り返った記事。この冷蔵庫とドライヤーも出てきます。
▶ 「2024年の買ってよかったもの」は、本当に買ってよかったか?

高いものを買うと、後悔のルートがひとつ消える
まず、とても正直な話を。
価格帯の中で中位モデルを選ぶと、後になって「やっぱり、もうひとつ上にしておけばよかったな」と思う可能性が必ず残ります。購入当初は思わなくても、しばらく経って新しい家電が日常に馴染んでくると、余計なこと考え出すものです。
でも、これは正直避けられない。隣の庭は青く見えるものだからです。一度モノを手に入れて日常的に使っていると、すっかりそれが基準となってしまい、もっともっと上を見たくなるのです。
一方で、ラインナップの上限を選ぶと、この後悔は構造的に発生しません。それ以上の選択肢が存在しないからです。まあ、他メーカーのもっと上の商品が欲しくなるかもしれないけれど、それはそれで楽しいことでしょう。
これ、単なる気分の問題ではなく、意思決定の残りカスを生活に持ち込まないという意味で、心理的な効果がかなり大きいと感じています。
冷蔵庫は生活基盤の更新だった
2024年の年始に、冷蔵庫を買い替えました。パナソニックの最上位モデルです。ただし、これは「高級家電に手を出した」という感覚ではありませんでした。
それまで使っていたのは、一人暮らし時代からの冷蔵庫。マンションを購入して生活が変わった後も、「なんとか使えてはいる」という理由で、そのままにしていました。
この「なんとか使えている」は、生活の中に小さな摩擦を溜め込む状態でもあります。買い物の量を気にしながら、容量をやりくりするしかありません。そもそもこんなことを考えるリソースがもったいないし、1週間分をまとめて購入したいじゃないですか。
冷蔵庫は、便利に使う工夫をする対象ではなく、黙って生活を支える基盤であるべきだと、買い替えてから気づきました。

価値が出るのは、性能を意識しない時間
正直に言うと、細かな機能を毎回意識して使っているわけではありません。
それでも、冷凍したご飯の質が安定したり、食材を入れるときに迷わないほど広大なスペースがあり、雑に使う余地を残してくれる懐の深さがある。このような「考えなくていい状態」が、確実に生活の基盤を安定させています。
高級家電の価値は、使っている時間だけでなく、使い方を考えなくていい時間にもあります。
ドライヤーも、同じ思想で選んだ
ドライヤーも同様です。
風量や仕上がりはもちろんですが、「毎日使っても疲れにくいこと」を最優先しました。選んだのは軽量モデル。疲れている日でも、雑に使っても、最低限の結果が出る。
この「雑に使っても成立する」という性能は、毎日使う道具において最強だと思っています。
理想の状態で最高の結果を出すより、調子が悪い日に破綻しないことの方が、生活においては意味が大きいんじゃないかな。

高級家電は時間を減らし、リソースを増やす
よく「時短」という言い方をしますが、実感として大きいのは時間よりも別の部分です。
冷蔵庫にどう仕舞うか。髪をどう乾かすか。この程度の判断でも積み重なると疲れます。高級家電は、この細かい判断を消してくれるんですよ。結果として、自分のリソースを別のことに使えるようになる。
例えば、ドライヤーを使って髪を乾かす。この高級ドライヤー(ナノケア)だと、不思議と髪がしっとりして、寝癖が付きにくくなるんです。在宅勤務なら全く問題ないから、朝から髪をセットする時間が不要になる。その結果、余った時間で別のことができる。この流れです。
少なくとも僕は高級ドライヤーを使うことで、こうして日々の時間を節約し、自分のリソースを増やしています。朝からシャワーでも浴びると30分くらいかかりますからね、大きいですよ。
「とりあえず上位モデル」が成立する条件
ここまで読むと、「じゃあ、高いものを買っておけば間違いないのか」と思われるかもしれません。これは半分は正解で、半分は違います。
上位モデルを選ぶ判断が合理的に成立するのは、条件が揃っている場合だけです。
- 毎日、もしくはそれに近い頻度で使う
- 使うたびに、判断や工夫を節約できる
- 雑に扱われる前提の道具である
この3つが揃ったとき、「上位モデルを選ぶ」という判断は、性能とともに思考の削減という形でも回収されます。
逆に言えば、たまにしか使わないもの、使いこなす楽しさがあるものには、必ずしも当てはまりません。そこは注意ですね。

美しい道具を日常に置くことの価値
パナソニックの上位モデルを使っていて、もう一つ感じているのは、見た目の影響です。
高価格帯の製品は、奇をてらわず、主張しすぎず、生活の中に自然に溶け込むように作られています。つまり美しい製品だということです。
これは単なる好みの話ではなく、日常のストレスを増やさない設計だと思っています。目に入るたびにテンションが上がるというより、違和感が生じない。これは大事。
道具は、使うたびだけでなく、存在しているだけで生活に影響を与える。高級家電を使っていて、そう実感する場面が増えました。
高級家電は、生活の基盤を固めるための投資
高級家電は、生活を劇的に変えるものではありません。別に安い家電でも同じ価値をしっかりと提供してくれます。「冷蔵庫は冷えればいい」のなら、高級モデルである必要はありません。
でも、生活の基盤を静かに固めてくれるということも、改めて実感していて。後悔の余地を減らし、判断を減らし、自分のリソースを増やす。その結果として、他のことに集中できるようになる。
そう考えると、高級家電は贅沢品ではなく、生活の基盤整備に近い投資なのだと思います。









