改めて訪れました。
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秋も深まってきた11月下旬、昭和記念公園に行ってきました。この時期に昭和記念公園を訪れるのは、もはや恒例行事のようになっていて、この景色を見ないと年を越せないのですよ。
そして今年は、秋が始まった10月中旬にも訪れていたのでした。このときはまだイチョウ並木は青々としていて、コスモスをはじめとした色とりどりの花々が咲き誇っていた時期。まだまだ軽やかな空気が流れていました。
それと比較すると、今回は園内が随分と赤や黄色に染まり、「ああ、年が暮れていくのだな」という雰囲気。そんな、もの寂しい昭和記念公園もいいものです。というか、この時期が本領を発揮しているとすら思います。


今回はストイックに、単焦点レンズ1本で挑みます。
不安になってズームレンズを手に取りそうになるところ、神レンズならどんな景色も美しく切り取ってくれると信じて、1本だけ。〈FUJIFILM X-T4 + FUJINON XF35mmF1.4 R〉の組み合わせです。

大渋滞の先で、昭和記念公園に辿り着く
昭和記念公園がある立川駅の周辺、いつも渋滞していて辟易としています。というか甲州街道からずっと混んでるよね。なんとかならんのか。
それに加えて、この日は昭和記念公園の駐車場渋滞もすごかった。いつものように、いちばん大きい立川口の駐車場に向かっていたのですが、途中から左車線だけ異常に混んでいて。明らかに昭和記念公園の渋滞だったので、下手に離脱すると入れなくなりそう。大人しく並びました。
案の定、その渋滞の先頭は駐車場の料金所でした。駐車料金を払って中に入ります。もちろんいつもより車が多いんだけど、それでも満車にならない立川口の駐車場がすばらしい。
車を降りて、やっとのことで入場ゲートに辿り着きました。目に飛び込んできたのは、普段ならまず見ることのない人の波。ほんとすごかった。とはいえ入場券を買わずにSuicaで入場できると知っている我々は、比較的スムーズに入場できました。
家を出てからここまで長かった……でも、そんな苦労が報われるような景色が、目の前に広がっていました。




秋が出迎えてくれた、立川口カナールのイチョウ並木
ゲートを抜けた瞬間、空気が変わったように感じました。これこそが秋の昭和記念公園を訪れる醍醐味です。
立川口カナールのイチョウ並木が、視界の奥までびっしりと黄金色に染まっている。お昼すぎから晴れてきた空と、秋の太陽に燦々と照らされる真っ黄色なイチョウ並木、そしてその様子が穏やかに水面に反射する。ゆっくりとした空気が流れている。
いつものように角刈りにされたイチョウ並木に同情しながら進みます。立川飛行場の空域制限のために、7mを超えないように剪定しているのだそうです。
この場所には何度も来ているけれど、毎年「今年がいちばん綺麗かもしれない」と思ってしまう。それはたぶん、同じように見えて微妙に違う空気の温度や湿度、風の向き、そして自分自身の気持ちも全部セットになって、景色を更新していくからなんだと思います。
歩き出すと、頭上からひらひらと舞い降りる葉。地面には絨毯のように敷き詰められた落ち葉が広がり、日差しが当たるたびに金色の粒子が跳ねるように見える。写真を撮っては立ち止まり、また撮って、ようやく前に進む。そんな調子でした。




イチョウ以外も、すべてが秋めく
カナールを離れて少し歩き、ふれあい橋を渡ります。その先、突き当たりに水鳥の池があるのですが、そのちょっと手前で脇道に逸れると、真っ赤なモミジが美しい場所があるのです。イチョウの黄色とはまた違う、深い秋の色を添えていました。
同じ公園内でも、区画が変わるだけでいろいろな「秋」を味わうことができる。これが昭和記念公園のおもしろさだと思っていて。メタセコイア並木に差し掛かると、そこは一転して落ち着いたブラウンの世界。細長い葉がふわりと風に揺れて、空気そのものがやわらかくなるような場所でした。
そうやって色を楽しみながら歩いていると、視界がぱっと開けて、目的地に辿り着きました。そう、「かたらいのイチョウ並木」です。







深まった秋を、五感で楽しむ
昭和記念公園で秋を満喫するなら、この「かたらいのイチョウ並木」は外せません。黄金色に染まったイチョウの木が300mにわたって続く一本道。これを見るために来たといっても過言ではない。まさに見頃ど真ん中のタイミングで訪れることができました。
美しいイチョウ並木。強烈な銀杏の香り。ひんやりした空気。落ち葉を拾った感触。足下で響く落ち葉の音と、その軽い感触。
この深まった秋を見て、嗅いで、触って、聞いて。五感でしっかりと取り込みます。そして、心が動いた瞬間にはシャッターを切って、写真にも収めます。無意識のうちに自然とカメラを構えていて、その場の空気ごと写真に閉じ込めたくなる。










渓流広場レストランで、何か食べよう
気づいたらもう15時を回っていました。食事を後回しにして散策していたから、ここで腹ごしらえでもしておきましょうかね。歩き続けていると、こういう「ちょっと遅めの昼ごはん」が妙においしいんですよね。
かたらいのイチョウ並木からいちばん近いのは、渓流広場レストランです。昨年もイチョウ並木を見た流れて、ここで「きのことさつまいものハヤシライス」を食べました。今でも忘れられないおいしさ。
今年は、カレー、唐揚げ、焼きそばを買って2人でシェアしました。いつも書いてるけど、昭和記念公園のご飯は意外とレベル高いんですよ。どれも文句なくおいしかったけど、唐揚げがおいしすぎておいしすぎて。
こういう旅の途中のごはんって、特別なものじゃなくてもちゃんと記憶に残るんだよなあ。そして、ラストオーダーが15時だったので、直前に滑り込みセーフでした。危なかった。

日が傾いて、光り輝くイチョウ並木へ
食事を終えると、もう15時半。日没が16時半頃だから、そろそろ光の角度がドラマチックに変わりはじめる時間帯です。
「そうだ、もう一度戻ろう」——自然とそんな気持ちになり、「かたらいのイチョウ並木」に向けて足が動いていました。
秋の昭和記念公園は時間帯で全く別の表情を見せるから、夕方の光を見ずに帰るのはもったいない。そこで待っていたのは、イチョウ並木が光り輝く幻想的な光景。
「ああ、やっぱり!」
ずっと奥の方まで続くイチョウが、柔らかい光を受けてほのかに発光しているように見える。昼間の「鮮やかな黄色」とは違い、夕方は「温度を帯びた金色」に変わるんです。光が幹を撫で、枝先を透かし、落ち葉に反射してキラキラと舞い上がる。この時間、この季節、この場所でしか成立しない特別なシーン。
シャッターを切る手が止まらなくて、でも同時に、カメラを下ろして眺めていたいという気持ちも湧いてきて。しばらくその場を離れられませんでした。
毎年来ているけれど、この時間帯の美しさは格別です。「もう今年が終わっていくんだな」と、切なく静かな実感がふっと胸の奥に落ちてきて、言葉にならない余韻を残していきました。







チュロスを買って、夕暮れの公園を歩く
イチョウ並木の余韻を胸に抱えたまま出口へ向かう途中、売店の前を通りかかりました。
気づいたらチュロスをひとつ買っていました。こういうときに食べるチュロスって、普段の3倍くらいおいしく感じるんですよね。不思議。
足元には、夕日を受けて淡く光る落ち葉。空は日没に向かって青からオレンジへ、そして紫へと静かにグラデーションを描いていました。



日が暮れゆく昭和記念公園を後にする
公園全体が、昼間とはまったく違うトーンに変わっていく時間。大勢の人々が一斉に出口に向かうと同時に、夜間開園を目的に来た人々もどっと入ってきます。
この時間帯の昭和記念公園って、ただの公園の夕暮れではなくて、季節そのものがワンテンポ先へ進んだような、少し早い年の暮れの気配が混じっている気がします。照明がまだ灯らない薄暗さが、「今日という日の終わり」を静かに告げているようでした。
あと数週間で年が変わる。冬が本格的にやってくる。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、胸の奥にきゅっとした寂しさのようなものが残りました。でも、その寂しさは決して悪いものではなく、季節をちゃんと味わった証拠みたいに感じられて、静かに落ち着いていく感情でもありました。
果たして僕はこの1年で成長したのだろうか。年の暮れに訪れる昭和記念公園は、いつもそんな問いを自然と浮かび上がらせる。
でも、思い返してみると、仕事の責任範囲は昨年と比較にならないほど大きくなったし、ブログも変わらず楽しく続けられていて、今でも多くの人に読んでもらえている。そしてなにより、大きな病気もせず、この1年を健康に過ごすことができた。
それだけで十分じゃないか。
そんなことを考えながら、「じゃあ次の1年はどう過ごそう?」と静かに期待を込めて、未来へ気持ちがシフトしていく。また来年も、この景色を見ることができますように。そう願いつつ、ゆっくりと駐車場へ戻りました。











