「広める」という任務|論文を投稿するだけの時代から、その先へ。

ジャーナルに論文を投稿して、査読をクリアして、掲載されたら任務完了。でも、本当にそれだけでいいのでしょうか?

僕たち研究者は、自らが立てた仮説を実証し、その結果を論文にして広く知らしめる。このようなミッションがあるはずなのに、「知らしめる」部分を軽視しすぎていないか?

つまり、論文を投稿するだけで満足せず、「他の分野の研究者」や「研究者ではない一般の方」がわかるような形で、研究成果を発信することが必要なんじゃないか、というお話。


まず最初に。

僕は現在薬学系の博士課程で研究しています。そのため、見聞きしたことや感じたことなどは、その周辺領域での話だということを念頭に読んでいただけると助かります。

また、この記事で書く内容は現時点では自分もできていないことなので、大きな顔して言うつもりはありません。

でも今後取り組んでいかないといけないことだと思っているので、こうして記事にしています。自分への戒めも込めて。

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シェアしないと広まらない

たとえば、旅行の動画を作ってYouTubeに投稿したとしましょう。

もしあなたが有名人なら、そのまま放置していても再生回数は自ずと伸びるかもしれません。

しかし、僕のような一般人だと、投稿しただけでは伸びない。トップページにピックアップされたり、自動再生で流れてくるのもあるかもしれませんが、微々たるものでしょう。

実際、先月アップしたVlogだって記事執筆時点での再生回数は60回程度です。(見てくれた方はありがとうございます!)

つまり。

いくらインターネットで世界中につながっているといっても、自分のコンテンツを見つけてもらう努力をしなければ、誰もたどり着けない。

その状況を打破するためには、「広める」ということがとても大切。

『milieu』編集長の塩谷舞さん(@ciotan)が言うところの「まるで無人島でお祭りを開いている状態」という表現が、非常に的を射ています。

コンテンツを作った先の広める役割がとても重要。その努力をしないのは「まるで無人島でお祭りを開いている状態」。そもそもお祭りをしていることに気づかないから、だれも来てくれないのは当たり前です。

「伝えたい」ものを「届けたい」ところへ。“無人島でお祭り”にならないWebコンテンツづくり – 朝日新聞デジタル&M


論文だって同じです。

世紀の大発見をして「Nature」などの超一流の学術誌に採択されたのなら、話は別です。しかし、たいていの論文は、ありふれた学術誌の構成要員のひとつとして、ひっそりと掲載されます。

新しい論文は次々と出てくる。広める努力をしなければ、誰にも読まれることのないまま埋もれていってしまいます。

確かにScopusやPubMedなど、横断的な検索ができるサービスを使うことで拾い上げてもらえる仕組みはあります。

でもそれって、気づいてもらえるのを無人島の中でじっと待っているだけだと思うのです。


広めないといけない時代

なぜ広めないといけないのか。

それは、インターネットの普及によって、分野ごとに壁のある「垂直分業」の社会がとっくの昔に終わったからです。

紙のジャーナルを取り寄せないと論文が読めない時代だってあったはずです。僕はそんな時代は知りませんが、目の前のPCでアクセスするだけでさまざまな分野の論文が読めるというのは、当時と比べると革新的なことです。

それが当たり前となった現在、さらに次のフェーズへと進んでいる。多分野が協働することで新たなイノベーションが生まれる。すでにそんな時代に突入しています。

すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果“タテの壁”が溶けていく。

『多動力』堀江貴文(NewsPicks Book)


このような、複数の分野が融合する「水平分業」の時代では、自分の論文を必要としている人が、自分の分野に詳しいとは限らない。だから、そのあとの「広める」というフェーズを適切に行わないと、必要としている人には届かない。

必要としている人に「それが存在するんだ!」ということを気づかせる努力を怠ってはならないと思うのです。


研究者はWebライター化していく

話は変わりますが。

「Webライター」という職業があります。インターネット上のメディアに掲載する記事を書く方々のことです(先述の塩谷さんもそのおひとり)。

その「Webライター」と「研究者」。まったく違う職業のように思えますが、共通点があります。

それは、どちらも「Webに掲載する文章を書く」ということです。この点では、研究者とWebライターの垣根は取り払われていると言っても過言ではありません。

少なくともオープンアクセスな論文(だれでも読める)に関しては、オンラインで出版された時点で、Web上の他のコンテンツと同じスタートラインに並んでいます。

ブログだろうと、YouTubeの動画だろうと、オープンアクセスな論文だろうと、「ネット上で無料で公開されているコンテンツ」という意味では横並び。ターゲットや言語は異なるかもしれませんが、立ち位置は同じです。

だから公開されたあとのやり方も、同じであってもいいのでないかと思うのです。しかし、アカデミアにおいては「広める」というレベルにまで追いついていないという現状がある。

同じ「Web上のコンテンツ」であるにもかかわらず、ブログやYouTube動画では当たり前となっている拡散手法が、いまだに取り入れられていない。

他の分野の人を巻き込んでイノベーションを生み出し、新たな価値が次々と創造されている世界の中で、同じ分野の研究者同士でしか知見を共有しない。その末には先細りの未来しかない気がするのです。


必要としている人のもとへ

このような時代の研究者には、論文を投稿したあとに「自分の論文を必要としている人のもとへ届ける」という任務も重要になってきます。

インターネットを介したものに限ると、やることは2つ。

  1. 検索エンジンに最適化する
  2. シェアして拡散する

検索エンジンに最適化する

たとえば、ジャーナルだって検索を意識したキーワードの設定を勧めています。

公開されているソースではなくて恐縮ですが、以前論文のゲラ(出版直前の最終版)にこのようなコメントがついていました。論文の最初に5〜6コ書く「キーワード」の部分です。

Dear author, words in your title are already search engine optimized. If you would like to replace these keywords then please provide alternative words.

このように、論文執筆時に「重要だけどタイトルには含まれていないキーワード」を書くように求められる。

これ、Web業界でいう「SEO対策」です。「検索エンジン最適化」ともよばれます。

つまり、Googleなど(ScopusやPubMedを含めて)の検索エンジンにヒットするようなキーワードを、文章内にできるだけ多く散りばめることで、検索結果に対する露出を増やそうという手法です。

Webメディアでは割と常識的なことですが、論文でもこのようなことを意識しなければならない時代になったのです。

シェアして拡散する

たとえば当ブログの場合。記事を更新すると、ひとことコメントをつけた上でTwitterでお知らせしています。こんな感じです。

Googleアナリティクスというアクセス解析ツールを見ていると、このツイート経由で読みに来てくれる人が結構います(具体的な数字は出しませんが)。

さらに、記事を読んでくれた人が感想を書いてシェアしてくれる。本当にありがたいことです。

シェアが次のシェアを生み、それが連鎖的に起こればバズが生まれる。そうすると、自分ひとりでは届けることのできない人まで、伝えることができる。

論文だって、TwitterやFacebookなどのSNSを使って積極的にシェアすることで、必要としている人のもとに届く可能性を高めることができるはずです。

「数打ちゃ当たる戦法」と言ってしまえばそうかもしれません。しかし、必要としている人のもとに届いてくれるのであれば、手段なんて気にしなくていい。そう思います。


このように、研究者もWebライターのような視点を持つべき時代になったのです。

きちんとSEO対策をして、検索エンジンにヒットするような論文を書く。掲載された論文をシェアして広め、できるだけ多くの人々に届くような工夫をする。

論文はWebメディアと比べて広まる規模は違うかもしれないけれど、Webで公開している以上、この基本原則は変わらないのです。


論文そのままでは伝わらないことも

とはいえ。

他分野の人に対して論文をそのままシェアしても、読んでもらえない可能性の方が高いかもしれません。自分の詳しくない分野の論文を突きつけられたところで、基礎的な単語すら理解できないという状況すら発生する可能性があるからです。

だったら何ができるのか。

まずは「噛み砕いて発信すること」ではないでしょうか。基礎的な単語の解説や分野の背景も含めて、その分野に詳しくない人にもわかりやすく発信すること。

研究分野が細分化されているので、自分の研究を説明するためには「その分野の大枠」から伝えないといけません。

それを突き詰めていくと、「他分野の研究者にもわかりやすく」というのは、「研究者ではない一般の方にもわかりやすく」と言い換えることができるかもしれません。


飛び込む敷居を下げるメディア

一般の方でも理解できるような内容まで噛み砕いて広めることができれば、その分野に対する敷居を下げることができます。

そうすることで、他の分野の研究者や、知識の浅い学部生のような若い研究者にも、研究の楽しさや魅力を伝えることができる。その結果、日本のアカデミアをもっともっと元気にすることができる。

そのためには、噛み砕いて発信する「場」が必要。

研究者が個人ごとに発信したところで、“無人島”のままで終わってしまうことだって十分考えられます。みんなで結束して発信することで、ひとりでも多くの人に届けることができる。

だから、そんなメディアを作ろうと思っています。これはただの願望ではなくて、すでにそのような方向で動きつつあります。

もし賛同してくださる研究者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にご一報ください。Twitterからでも、お問い合わせからでも、どちらでもOKです。


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まとめ:「広める」という責任の果たし方

たとえば科研費を使って行った研究。元をたどれば国民から集めた税金です。だから研究成果はできるだけ国民に還元する必要がある。

その成果として、暮らしの質が向上したり、今まで治らなかった病気の治療法が確立したりすれば、国民に還元していることになります。

でも科研費の助成を受けているすべての研究が、国民ひとりひとりに直接つながるわけではありません。だから、その「還元」のひとつとして、「研究成果を広める」ということも、ひとつの責任の果たし方だと考えます。


研究者たるもの、自分の研究成果が人のためになるのであれば、これほど嬉しいことはありません。だから、現代社会に合わせて少しだけ新しいやり方を取り入れてもいいのではないか。そう思うのです。

論文を投稿するだけの時代から、その先へ。その一歩が、明るい未来を切り開く種になるかもしれません。

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