薬剤師になるだけが進路じゃない。
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薬剤師として働いている自分をイメージできなかった
なんとなく薬学部に入って勉強し、研究室にも配属され、実務実習もこなしている。そろそろ6年間の大学生活の終わりも見えてきて就活の時期だけど、正直、薬剤師やりたくないんだよなあ。
薬学部5年生のとき、僕はこのように思っていました。実務実習を通して調剤薬局と大学病院で薬剤師の仕事を体験し、この先何十年もこの仕事を続けている自分がイメージできなかったのです。
6年制薬学部を卒業して就職どうしますか?と聞かれたときに、いや、薬剤師やるでしょと。むしろ薬剤師免許を取って薬剤師として働きたいから薬学部入ったんでしょと。そんな空気のある薬学部で「薬剤師やりたくない」と思っている人は少数かもしれません。
だけど、実習を通して薬剤師の仕事を体験しても「薬剤師として働いている自分」を全くイメージできなかったのだから仕方がありません。きっと他にもそんな方がいると思うので、薬学部を卒業した後、僕がどんな道を歩んできたのか、紹介したいと思います。
この記事は僕の体験談を書いているだけなので、n=1であり再現性は全くありません。薬学生の皆様におかれましては、他の人の体験談なども参考にしつつ、あくまでも一例としてお読みください。
大前提:薬学部で学んできたことは薬剤師以外にも活かせる
6年制薬学部を出たのに薬剤師にならないのは、薬学部で学んできたことを捨てるようでもったいない。そう思われるかもしれませんが、全然そんなことはありません。
むしろ、調剤に必要な実務的な知識は薬剤師業務の中で学んでいくものです。薬学部では、それを理解するための背景となる知識を学んできました。だからこそ、その知識を使って薬剤師以外の道に進むことも、もちろん可能です。
僕の話をすると、6年制薬学部を出て薬剤師免許も持っているくせに、一度も薬剤師として働いたことはありません。さらに言うと、前職のPMDAにもそんな人はたくさんいました。
だから、この先に敷かれたレールは何本もあって、選択肢は薬剤師以外もあるんです。つまり、サイエンスのベースとなる知識を学んだだけの状態なので、その知識や考え方は薬剤師以外の仕事においても活かすことができます。まずはこのことを念頭に置いてください。
自分自身の専門性とは?
薬学部のカリキュラムをこなして、はい卒業。薬剤師免許は取ったけど、使う予定はない。このような状態における自分自身の「専門性」って何だろう?と考えてみたときに、「何もないな」という結論に至りました。
もちろん、薬学部6年間のカリキュラムをこなしてきたので、薬学としてのバックグラウンドはあります。しかし、それはあくまでもバックグラウンドであり、薬剤師免許がないと意味がないものだと考えました。
つまり、学んできた知識はすでに体系化された教科書レベルのものであり、その知識自体が専門性を成すための要素のひとつであったとしても、専門性そのものではない。もうひとつの要素である薬剤師免許が加わったときに、はじめて「専門家」と呼べるのではないか。
だったら、近いうちに6年制薬学部を卒業するのに薬剤師になりたくないという状況で、薬剤師免許以外に自分に専門性を与えてくれるものは何だ?——その先にあったものが「博士号:Ph.D」でした。
そうだ、博士課程に進学してみよう
博士号の取得。薬学部入学当時は全く眼中になかった選択肢ですが、考えを突き詰めてみると意外とアリなんじゃないかなと思えてきて。
博士号は科学者としてのライセンスです。そのため、例えば大学教員として働く場合だと、そもそも持っていないと相手にされません。また、大学以外で働く場合であっても、博士という肩書きが付いていることで重宝されるかもこともあるでしょう。
肩書きって大事なんです。初めて会った人に対して、自分がどういうバックグラウンドを持っているのか一言で表すことができる。社会人になった自分の名刺に「博士」の文字があると、きっと強い。将来の自分のために、薬学部卒業後の4年間を投資してみるのもいいかもしれない。そう思いました。
もちろん、このような打算的な戦略だけでなく、ちゃんと研究というものをやってみたいという思いもありました。6年制薬学部では卒業研究はやるものの、実習や国試で時間が取られてしまうので、がっつり研究にのめり込むことはしてこなかったのです。
博士課程:薬物送達に関する研究
6年制薬学部の上にある大学院博士課程は4年間。勉強が好きというわけではないですが、4年間を投資してみると決めたので、大学に残ることにしました。といっても、大学院は体系化された知識の勉強ではなく、自分でエビデンスを出しながら体系化していく側なんですけどね。
このへんの詳しいことは端折りますが、脳に対する薬物送達に関する研究を行いました。英語論文数報をもって、本当に微々たるものですがサイエンスの発展に寄与したつもりです。詳細はこのあたりの記事を見てもらえるといいと思います。
ファーストキャリアはPMDAへ
博士課程修了後のファーストキャリアとして、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)を選びました。正確には国家公務員ではないですが、霞が関で働いている「国の人」です。
選んだ理由は2つです。
- 今後の転職を考えると東京で働く必要があった(地方に行ってしまうとその後の選択肢がぐっと狭まります)
- 転職を見据えると「元PMDA」という肩書きに価値を感じていたので、新卒カードを使って取りに行きたかった
詳しくはこちらの記事をご覧いただければと思いますが、博士課程新卒の就活の時期から「その次」を見据えていました。だから転職活動時に動きやすい東京に出るのは必須条件で、地方の研究所で働くような製薬企業の研究職は選びませんでした。
さらに、東京に出たうえで「元○○」という肩書きに価値がありそうな組織。となると、PMDAだと考えました。
なぜなら、日本に1つだけの組織であり「PMDAでしか学ぶことができない知識・ノウハウ」がたくさんあるからです。常々、希少価値のある人材になることが重要だと思っていますが、「薬学」「博士」に加えて「元PMDA」が加わると、希少性はもっと高まるはずです。
さらに、運良く新薬審査部に配属となったので、当初思い描いていたとおりのシナリオを実現できそうでした。問題は「PMDAで何年間働くか」ということです。そもそもPMDAで出世することは目的でなく、審査専門員としての考え方が身につけばOKなので、2年半〜3年くらいと想定していました。
まあ結局、2年4か月と想定より早く退職しました。ご縁のあった求人を見つけたのがこのタイミングだったというだけであって、こればっかりは運とタイミング次第なんですよね。
転職で医療系ICTベンチャー企業へ
ここまでの経験を評価していただき、とある医療系ICTベンチャー企業にご縁があったので、迷うことなく飛び込んでみました。PMDAの給与水準は民間企業と比較して低めに設定されているので、転職で年収がジャンプアップしました。
転職してからというもの、「博士」「元PMDA」という肩書きが便利で仕方ありません。臨床研究を計画したり評価したりする際に大学の先生方とお話しすることがありますが、このような肩書きがなかったらまともに相手してもらえないんじゃないかな。
IT企業なので、薬学やPMDA以外にも、WordPressを使ってブログを弄ってきた経験も評価してもらえているし、最近ではカメラ周りの知見も活かしながら働いています。ルーチンワークの毎日から解放され、クリエイティブな現職に転職してよかったと思っています。
これからも、臨機応変に対応
現在進行形で自分の人生を生きているので、ここまでの選択が正しかったかどうかはまだ分かりません。何十年か経って振り返ったときに分かるんだと思います。この先、会社が潰れる可能性もゼロではないし、転職カードを切ったのが致命傷になることだってあり得ます。
とはいえ、ここまで人生の岐路に立つたびに「さらにその先」を見据えて最善の選択をしてきたつもりだし、今のところ「あのときこうすればよかった」と後悔したことはありません。だからこの先も臨機応変に対応していけばいいんです。
このシナリオは博士卒でなくても実現できたか
僕が自分のキャリアを考え始めたのは、学部5年時の就活でした。最初の一手として「博士課程への進学」を選びましたが、もしそうではなく、6年制卒で就職していたらどうなっていたか。
まず、仮に6年制卒でPMDAに就職できたとしても、すんなりと新薬審査部に配属される可能性は低かったでしょう。新薬審査部は博士持ちの人が配属されがちなんです。6年制卒や修士卒の方々はそれ以外の部署に配属され、数年後に本人の希望が通れば新薬審査部に配属されるようなキャリアを積んでいきます。
そのため、新薬審査部に配属されてからある程度の経験を積むとすると、合計5〜6年程度PMDAで働く必要があります。博士課程は4年間だったので、6年制卒後の期間としては、
- 博士課程 4年間 + PMDA 2〜3年 = 6〜7年
- 6年制卒後、PMDAで5〜6年
となり、大して変わりません。
とはいえ、希望を出して新薬審査部に配属される人も限られており、いつになるかも分かりません。本人の希望が尊重されるような人事制度が整っていますが、当然全員の希望どおりになるわけでもありません。だから博士卒でなかったら実現難易度は高いシナリオだと思います。
ゼロベースで自分の進路に向き合ってみよう
結局何が言いたいのかってことですが。
薬学部に進学した時点で将来のレールが定まっているように感じてしまいがちですが、そんなレールは一度取り外してしまいましょう。どんな方向にも進むことができて、それを決めるのは自分自身です。
つまり、6年制薬学部を卒業したからといって必ずしも薬剤師をやる必要はないんです。実務実習を通して薬剤師として働いている自分をイメージできなかった場合、薬剤師以外の道に進んでも全然大丈夫。
薬学部に進学すると決めたのは数年前の自分です。そのときと比較して、まるで別人のように考え方が大きく変わり、知識量もうんと増えているはず。だから薬学部に在籍しているということは一旦忘れて、もう一度ゼロベースで自分の進路と向き合ってもいいと思います。