博士課程をイメージしてみよう②|「研究」とは?

研究者を目指す者たちへ。

東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所が実施した「子どもの生活と学びに関する親子調査2015」では、将来なりたい職業の第3位に〈研究者・大学教員〉がランクインしました。

現在博士課程に在籍していて、こうしてブログメディアを運営している僕としては、このような結果を見ると他人事のように思えないのです。持てる知見のすべてを文章にして提供したいと思ってしまいます。

つまり、子どもたちに限らず、大学院に進学しようか迷っている大学生などに対しても、研究のことを噛み砕いて伝える。このような取り組みもまた、博士課程に在籍する大学院生に課せられた使命だと思うのです。

先日は、博士課程進学に関する「お金」と「時間」の話について書きました。せっかくなので、〈博士課程をイメージしてみよう〉というシリーズとして、いくつかのトピックについて書いておきたいと思います。

今回は〈研究とは何か?〉ということについて。まだ2回目なのに本質的な話題に入っていきますが、先に書かないと次の話題が書けないので、ここから始めます。


一般的な「研究」との乖離?

就活においてよく聞く「企業研究」という言葉。僕はずっと前から違和感を覚えていて、以前こんなツイートをしました。

このように、〈ただの調査にすぎないもの〉が研究とよばれていることがよくあります。そのような場面に遭遇するたびに、僕は心の中で「いや、それは研究じゃないよ?」と突っ込んでいます。

では、「研究」の正しい意味とは、どのようなものなのでしょうか?


研究 = 仮説の検証

研究とは、〈仮説を立て、それを証明していく過程〉のことをいいます。具体的には、以下のようなサイクルで回ることが多いです。

複数の文献

新たな仮説

実験(適切な実験デザイン)

証明

発信

複数の文献から新たな仮説を立てる

たとえば、

  • 文献A:リンゴは甘い
  • 文献B:ミカンは甘い

という2つの文献があったとします。「リンゴ」と「ミカン」はどちらも果物なので、同じカテゴリーに属する「ブドウ」だって甘いはずだという仮説が成り立ちます。

このように、複数の文献を参考にして新たな仮説を導き出すのです。参考にする文献を組み合わせるセンスだったり、咄嗟のひらめきだったり、個人の才能が重要になります。

実際はこの例のように簡単な話ではありませんが、やっていることは似たようなものです。


多角的な実験 → 仮説を証明していく

さて、「ブドウも甘いはず」という仮説を立てました。

次のステップでは、これを科学的に検証していきます。ひとつの視点ではなく、さまざまな角度からエビデンス(証拠)を積み上げることが重要です。

そのためには、「どうやって検証するのか」という点がとても大切。

悪い例を挙げると、〈被験者10人にブドウを食べてもらい、甘いかどうか意見を聞く〉というやり方は適切ではない。

なぜなら、

  • 甘いかどうかの判断に主観が入る → 基準が曖昧となる
  • 被験者に割り当てられたブドウの甘さに差がある

といった可能性があるからです。

つまり、科学的に検証するためには、適切な「実験デザイン」を構築することが必要なのです。

この仮説の場合だと、

  • 糖度を測定して他の果物と比較する
  • 甘さを生み出している物質を突き止める
  • 種なしブドウや巨峰など、いくつかの種類で検証する = 一般化する

というように、「数値」として共通の指標のもとで比較をしたり、「化合物」として具体化することで、論理立てて科学的に記述する必要があります。

また、最終的に「ブドウは全般に甘い」という結論に持って行けるように、複数の種類のブドウにおいて同じ検証をすることになるでしょう。

このようにして、あらゆる面から仮説を証明していきます。


検証結果を広める

数種のブドウにおいて、糖度も高いし、甘さを生み出している物質も突き止めた。

すると次は、ブドウが甘いんだということを広める段階です。学会で発表したり、論文を投稿したりすることで、「ブドウは甘い」という研究成果を広めることができます。

学会発表には主に2種類あります。

  • 口頭発表:聴衆の前でスライドを使ってプレゼンテーション
  • ポスター発表:A0サイズの紙に研究をまとめて説明

口頭発表

数十人〜数百人という多くの聴衆に対して発表できるというメリットがあります。研究の注目度に比例して聴衆が増える傾向。

多くの場合は、1つの発表あたり「発表10分前後 + 質疑応答2〜3分」という流れです。そのため、質問を数個しか受けることができず、聴衆との議論があまりできないというデメリットがあります。

ポスター発表

A0くらいの大きな紙に研究の目的・方法・結果・考察をまとめ、学会開始時にポスターを掲示します。期間中は貼りっぱなしにすることが多いので、各自の空き時間に見て回ります。

また、ポスターの側に立って説明する時間が1時間ほど設けられるので、聞きに来てくれた人の反応を見ながら説明できます。がっつり議論することも可能です。


また、研究結果は論文として発信して初めて、「成果」として認められます。

同じような研究をしている人々がいた場合、論文を出すタイミングによって、片方がオリジナルで、もう片方がパクリ扱いされることも。

だから、論文を書くということには、

  • 研究成果を発信する
  • きちんと証拠を残す

という、2つの側面があります。


「仮説」として生まれたひらめきを、具体的な「データ」として落とし込みながら、その結果を「発信」する。このような一連の流れを研究とよびます。

「広める」という任務|論文を投稿するだけの時代から、その先へ。 – starnote*
ジャーナルに論文を投稿して、査読をクリアして、掲載されたら任務完了。でも、本当にそれだけでいいのでしょうか? 僕たち研究者は、自らが立てた仮説を実証し、その結果を論文にして広く知らしめる。このようなミッションがあるはずなのに、「知らしめる」部分を軽視しすぎていないか? つまり、論文を投稿するだけで満足せず、「他の分野の研究者」や「研究者ではない一般の方」がわかるような形で、研究成果を発信することが必要なんじゃないか、というお話。 まず最初に。 僕は現在薬学系の博士課程で研究しています。そのため、見聞きしたことや感じたことなどは、その周辺領域での話だということを念頭に読んでいただけると助かります。 また、この記事で書く内容は現時点では自分もできていないことなので、大きな顔して言うつもりはありません。 でも今後取り組んでいかないといけないことだと思っているので、こうして記事にしています。自分への戒めも込めて。 → 詳しいプロフィールはこちら シェアしないと広まらない たとえば、旅行の動画を作ってYouTubeに投稿したとしましょう。 もしあなたが有名人なら、そのまま放置していても再生回数は自ずと伸びるかもしれません。 しかし、僕のような一般人だと、投稿しただけでは伸びない。トップページにピックアップされたり、自動再生で流れてくるのもあるかもしれませんが、微々たるものでしょう。 実際、先月アップしたVlogだって記事執筆時点での再生回数は60回程度です。(見てくれた方はありがとうございます!) つまり。 いくらインターネットで世界中につながっているといっても、自分のコンテンツを見つけてもらう努力をしなければ、誰もたどり着けない。 その状況を打破するためには、「広める」ということがとても大切。 『milieu』編集長の塩谷舞さん(@ciotan)が言うところの「まるで無人島でお祭りを開いている状態」という表現が、非常に的を射ています。 コンテンツを作った先の広める役割がとても重要。その努力をしないのは「まるで無人島でお祭りを開いている状態」。そもそもお祭りをしていることに気づかないから、だれも来てくれないのは当たり前です。 → 「伝えたい」ものを「届けたい」ところへ。”無人島でお祭り”にならないWebコンテンツづくり – 朝日新聞デジタル&M

回り続ける証明のサイクル

証明した仮説をもとに、また新たな仮説を生み出し、それを証明していく。研究者がやっているのは、このサイクルの繰り返しです。

相当上手く波に乗ることができれば、3か月くらいで1サイクル回せるかもしれません。でも、いつも上手く回るとは限らないし、何年も止まり続けることだってある。まったく先が読めない世界なのです。

ある程度結果を予測していたとしても、想定外の事態が起こることがある。偶然に偶然が重なって、世紀の大発見をすることもある。

このようなところが、研究のおもしろさだったり、怖さでもあります。

だから、コツコツ努力するのが得意な人、目の前の現象に真摯に向き合える人、文章を書くのが好きな人、このような人だと研究者として上手くやっていけるかもしれません。


最後に

研究のサイクルについて、かんたんにまとめてみました。

漠然と「研究者になってみたいな…!」と思っている人が、この記事を読んでイメージを膨らませることができたら嬉しいです。

次回は論文執筆について、詳しく紹介してみようと思っています。

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