学んできた者の使命は「発信すること」だと思うのです。
先日1週間ほどアメリカに行ってきたのは何回か書いているとおりですが、学んできたことや感じたことを僕の中だけ留めておいても何もいいことがありません。
当ブログの読者には薬学関係者がたくさんいると思うので、有益そうな知見を余すことなく発信できればいいなーと思っています。
1回目は「日本とアメリカの薬学教育のちがい」について。日本との差が大きく、取り入れてもいいんじゃないかと思える部分が数多くありました。
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The University of New Mexico (UNM)
僕らがお邪魔してきたのは、アメリカ南部のニューメキシコ州アルバカーキにある「ニューメキシコ大学(The University of New Mexico: UNM)」。州立大学です。
僕の大学出身の先生がニューメキシコ大学で講師をしてらっしゃるというコネがあり、今回の訪問が実現しました。本当にお世話になりました。
日本とアメリカの教育制度
日本の教育制度は中央(文部科学省)が一括で決めていることが多いですが、アメリカは州の力が強い国。教育制度という面にもその影響が大きく現れていて、カリキュラムは州ごとに異なるそうです。
一例を以下に示します。
日本の場合
日本では全国共通の教育制度となっています。薬学部の場合、薬剤師免許を取得できるコース(薬学科)は6年制課程でなければなりません。その内容も「薬学教育モデルコアカリキュラム」というものに基づいています。
高校卒業後(浪人生の期間がある人もいるにせよ)、そのまま大学の薬学部薬学科に入学して6年間のカリキュラムをこなすと、薬剤師国家試験の受験資格を得られます。
大学では、基礎的な内容から徐々に高度な内容を積み重ねていくようなカリキュラムになっています。初年次には薬学とは遠い内容である教養教育も含まれます。
また、卒業前(学士取得前)でも、「卒業見込み」であれば国家試験を受験できるのが日本の制度です。試験は毎年2月末に1回だけ実施されます。次回の第104回薬剤師国家試験は2019年2月23〜24日。
アメリカ(UNM)の場合
アメリカは州ごとの裁量が大きいので教育制度も異なることがあります。ここでの内容はニューメキシコ州での話。
まず、アメリカでは高校卒業後そのまま薬学部に入学することができません。
いったん「Prerequisite(プレリクイジット)」というカリキュラムを修了する必要があります。修業年限は人によって異なっていて(だいたいは2〜3年)、これが日本の「大学」に当たるものです。
そこでは、基礎的な科学(有機化学、物理、生物)などをみっちり勉強します。日本では薬学部に入学してから勉強するような内容ですね。
Prerequisiteを修了後、薬学部に入学して専門的な教育を受けます。だからアメリカの薬学部は大学院のような位置づけなのです。
修業年限は3〜4年。大学によって異なりますが、ニューメキシコ大学の場合は4年となっています。
しかも、通っている学生さんの年齢はさまざまです。日本の大学生のような年代ももちろんいますが、10代のお子さんがいるお母さんが通っていたりなど、年齢を全く気にしない雰囲気がありました。さらに人種もさまざまなので、日本の大学とはかなり空気が異なります。
薬学部を修了すると、PharmD(ファーム・ディー)という学位が与えられます。学位取得前に受験できる日本とは異なり、アメリカではPharmDを持っていないと国家試験を受験することができません。
薬剤師になるための試験は「NAPLEX」と「法規試験」の2つ。前者は全米共通の薬剤師国家試験で、後者は州ごとの薬事法規に関する試験です。どちらも合格すると、薬剤師として働くことができます。
概論はここまで。ここからは主にニューメキシコ大学の薬学部について。
人格重視な入試
ニューメキシコ大学薬学部の入試では、「PrerequisiteのGPA」「面接」「自己紹介レター」が課せられます。
Prerequisitの成績はA〜Dの4段階で評価され、全科目の平均がGPAとして数値化されます。
- A:90点以上 → 4点
- B:80〜90点 → 3点
- C:70〜80点 → 2点
- D:落第
この成績をもって、「College of Pharmacy(薬学部)」を受験します。
薬学部はプロフェッショナルスクールなので、そこに行く資格や思考能力があるかを重視しているそうです。
具体的な内容は非公開なのでここには書けませんが、日本でいう面接とはかなり形式が異なり、受験者のことを深くまで評価するようなものとなっています。
最終的にはPrerequisiteのGPAと面接の評価がマッチしている人を取るそうです。日本の学力重視の入試とは大きな違いがあると思いました。
臨床に重きを置いたカリキュラム
また、カリキュラムの策定には大学独自の裁量も認められていて、ニューメキシコ大学では数年前に臨床を重視したカリキュラムに大きく変更したそうです。
たとえば、ある講義で学んだ内容を使って、別の講義でディスカッションしたりとか、いくつもの講義が互いにリンクし合うようなカリキュラムになっています。隅々まで考え尽くされてる。
また、個人での自主学習と、勉強してきた内容を元にチームでアクティブラーニングを組み合わせた講義が行われていました。
- IRAT:前もって配られた資料をつかって自分で勉強する。
- TRAT:勉強してきた内容を元にチームでアクティブラーニング(ディスカッションなど)
前もって自分で勉強しておかないと、ディスカッションについていけない。だからアメリカの薬学生は日頃から猛勉強しています。僕らも見習わないと。
また、アクティブラーニングを取り入れてない普通の講義も見学しました。グループで着席するわけではなくて、全員が教室の前を向いて受ける普通の講義です。
それでも講義中に出される問題に対して「iClicker」というデバイスで回答したりとか、近くの人(2〜3人)で話し合う時間が設けられたりとか、日本の「聞くだけ」の講義とは大きく異なりました。受講している学生としても、こっちの方が絶対楽しいと思う。
さらに、アメリカの薬学教育で特徴的なのは、「IPPE」「APPE」というような実習。
初年次から、講義のない期間に「IPPE」という臨床実習が組み込まれています。臨床重視な講義を受けて、そこで学んだ内容を実習で活かす、という好循環が生まれるカリキュラムになっています。
また、最終年度(4年生)では「APPE」とよばれる臨床実習が行われます。病院、薬局のどちらでも実習が行われますが、病院の方に重点を置いているとのことです。
実習中の学生さんに病院で遭遇しましたが、すでに現場の薬剤師の1人として働いているような感じでした。日本のような「ちょっとだけ職場体験してみよう!」というような実習とは大きく異なります。
ニューメキシコ大学薬学部のサイトによると、「さまざまな患者をケアするプロフェッショナルチームに勤務しながら、高度なトレーニングを受ける」ことを目的としているそうですね。
Get advanced training while serving on an interprofessional team of health care professionals caring for a diverse patient population.
→ Practice Experiences :: College of Pharmacy | The University of New Mexico
薬剤師国家試験を受験
College of Pharmacyを卒業してPharmDの学位が与えられると、薬剤師国家試験の受験資格を得られます。
アメリカで薬剤師になるには2つの試験をパスしなければなりません。
NAPLEX
全米で共通の薬剤師国家試験で、コンピューターベースの試験です。
回答を進めていくと、それまでの正答率に応じて難易度が変わっていくような仕組みになっています。正答率が高いとどんどん難しくなっていき、逆に正答率が低いとどんどん易しくなっていく。
受験中は正答率を直接確認できないけれど、問題の難易度によって察することができる、という怖いシステム。合格基準は6割くらいだそうです。
日本と大きく異なるのは、このNAPLEXは毎月実施されているという点。
日本の薬剤師国家試験は2月末に年1回だけ行われていますが、もし落ちてしまうと次の年まで1年間待たなければなりません。時間がもったいないし、待ってる間に知識が抜け落ちるし、すごく辛いんですよ(経験者)。
だから、毎月実施されて、いつでも何度でもリトライできるシステムは本当にすばらしい。
法規試験
アメリカは州ごとに薬事法規が異なるので、法規の試験はNAPLEXから分離しています。内容も州によってさまざまで、たとえばカリフォルニア州では薬事法規の内容だけでなく臨床の内容まで問われるそうです。
州ごとに別の試験が用意されているということは、ある州で合格して薬剤師として働いていても、その免許は別の州では使えないということを意味します。
つまり、州をまたいで引っ越して、そこでも薬剤師として働きたければ、その州の法規試験を受け直す必要があるのです。大変だ。
ただ、退役軍人を対象とした「VA Hospital」という病院などはアメリカ連邦政府が運営しているので、このような病院で薬剤師として働く場合は、州ごとの法規試験をパスする必要はありません(NAPLEXだけでOK)。
ちなみに、アメリカの薬剤師免許は2年ごとの更新制です。一度取得するとずっと使える日本とは大きく異なります。
更新の際には、30時間分の講義を受講し、120〜250ドル(額は州によって異なる)を添えて申請します。逮捕歴なども加味されて審査され、問題なければ更新されます。
感じたこと
見学していちばん印象に残っているのは、アメリカの薬学生はめっちゃ勉強してるということです。
日本では(少なくとも僕の周りでは:自分も含めて)講義を適当に聞いて試験期間中だけ猛勉強するというのが普通でした。しかしUNMの講義を目の当たりにすると、前もって自分で勉強しておかないと全くついていけないし、どんどん周回遅れになっていってしまう。
確かに、日本の講義は話を聞いてるだけだから退屈だというのもありますが、それでももう少しやりようがあるかもしれません。講義中に爆睡するのは論外ですね…(よくやってたけど)。
また、NAPLEXも月イチで実施されていたり、実践的な臨床実習(APPE)が行われていたりなど、制度的な部分でも日本の数歩先を進んでいるという印象を受けました。すべてが合理的というか、決められたルールすべてに目的がある感じ。日本だと謎ルールが残ってたりするよね。
いずれにせよ、こうして他国の進んだ制度を目の当たりにすることで、改善しないといけない部分がクリアになったと感じています。仕組みだけでなく個人の意識の問題としても。
でも僕一人だけでクリアになっていてもしょうがないので、こうやって記事にしてみました。だからもし同じような感想を持ってもらえたら、この記事を積極的にシェアしていただけると嬉しいです。
そうすれば、僕がアメリカに行った価値も最大化されるはずなので。
最後に
今回は「日本とアメリカの薬学教育」というトピックでお届けしました。他にも学んできたことがたくさんあるので、随時記事にしてシェアしたいと思っています。できれば記憶が新しいうちに!
シリーズ「アメリカと薬学」
- アメリカに行ってきます。
- 日本とアメリカの薬学教育のちがいを学んできた。【この記事】
- アメリカの薬局①|薬をつくる「コンパウンド・ファーマシー」
- アメリカの薬局②|コミュニティファーマシーとドラッグストア