ご無沙汰しております。半月ぶりの更新です。
私事で恐縮ですが、2日前に30歳を迎えました。いよいよ来るぞ…と、この1年間戦々恐々としていたわけですが、いざ迎えてみると、むしろ穏やかな心境です。あきらめたと言い換えることができるかもしれません。
自分の誕生日をアピールすることは滅多に無いのですが、十の位が上がるという節目なので、こうやって記しています。
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昭和最後の世代
僕が生まれたのは1988年。元号にすると昭和63年です。
この世代はちょうど昭和から平成に変わる節目で、同級生には
- 昭和63年生まれ
- 昭和64年生まれ
- 平成元年生まれ
の3種類が存在します。1週間しかなくてレアな昭和64年生まれと、新人類な平成元年生まれに囲まれて、昭和63年生まれは軽く劣等感を抱えて生きてきました。僕だけかもしれないけれど。
いずれにせよ、この世代は時代が変わっていくのを身をもって体感してきた世代。小学校低学年のときにポケモンが流行りはじめ、音楽を聴く手段としてカセット→MD→iPod→iPhoneという変遷に付き合い、コミュニケーションにはガラケーもスマホもがっつり使ってきました。
また、ゆとり教育2年目で先生方もまだ慣れない中、完全週休2日になったり、「総合的な学習の時間」という何でもありな授業が入ったりと、かなりのびのびと育てられた世代だなーと感じています。
平成30年。
ということはつまり、昭和から平成への境目の世代が30代に突入するということ。平成が終わろうとしているこの時代に、タイミングがいいのか悪いのか、なんとなく皮肉なものを感じます。
そんな世代が30代に
小学校6年生のときに担任をしてくれたK先生という方がいました。
その先生は4月の時点では29歳で、僕らの担任をしている間に30歳になるような、そういう年代。30歳になる誕生日にクラス全員で朝早く登校して、教室の飾り付けを行い、朝礼にやってきた先生を驚かせようと試みたのを覚えています。
当時は考えたこともなかったけれど、今にして思えば、いろんな問題を起こしがちな小学6年生を40人も一挙に束ね、1日中授業をして、保護者にも対応すると。並々ならぬ統率力と臨機応変な機転がなければ絶対に務まりません。
その先生と今の自分が同じ歳になり、同じような力があるか考えてみても、今の僕の方が劣っている——そう思わずにはいられないのです。
子どものころ、大人ってすごいなーとなんとなく思っていたし、自分も敷かれたレールに乗って生きていけばそんな「すごい大人」になれるのだと信じていたけれど、そんな大人像は幻だった。
大人になっていく過程で、嬉しいことも辛いこともたくさんある(むしろ辛いことの方が多い?)し、自分の進みたい道に進むためには人知れぬ努力が必要だし、思い通りになって欲しいときに限ってそうならない。
子どものころにイメージしていたように、ただレールに乗って、最初の一蹴りで慣性でもって進むのは不可能だった。地面を蹴り続けないと一向に前に進まないし、行き先のわからない分岐がたくさんあるし、いきなりレールが途切れて崖の下に落っこちたりする。
でもそのたびにいろんな人が助けてくれて、また正しいレールに戻ることができた。そのたびごとに人は1人では生きていけないことを噛み締めてきたし、人に感謝することを覚えた。
中身は子どもまま
とはいえ、いろんな経験を重ねてきても、中身は意外と子どもままなんだなーと最近では思っています。
後先考えない行き当たりばったりな性格は昔からだし、欲しいものをすぐ買っちゃうし(さっきスマホ用のジンバルを買いました笑)。
きっと世の中にも大人の殻を被った子どもがたくさんいて、かくれんぼや鬼ごっこで遊ぶようなノリで日々の仕事をこなしている人だっている。
こう言ったら語弊があるかもしれないけれど、結構みんな適当に生きてるんだなーと思ったり。もちろんそうじゃない人もいるのはわかってるよ。
だからこれからも、自分を抑えながら「大人」になる努力をするんじゃなくて、自分らしさを認めながらやりたいことを突き詰められればいいなーと思っています。これまでもそうしてきたし、これからもそうやって歳を重ねたい。
長々と文章を書いてきたけれど、結局のところ、30歳になったからといって何も変わらない、何も変えちゃいけない、というのが結論です。自分は自分らしく、これからも生きていけばいい。
最後に
この10年間、浪人生という沼の底から大学を経て博士課程に進学し、あと半年で薬学博士になろうとしています。ひとことでは言い表せないけど、なんとか這いつくばって生きてきたと思う。
これからの10年も、きっと大変なことがたくさんあって、嫌なこともいっぱい経験するはずだけど、だからこそ楽しいことが引き立つのだ。そうやって、いろんな人に感謝しながら精いっぱい生きていこう。
道に迷ったときに読む、自分のための文章。それを記す場があるというのも、幸福なことなのかもしれない。
これ、そっと置いておきますね。 → ほしいものリスト