引っ越し特別週間 #02|家が家でなくなっていく感覚

引っ越し特別週間の2日目は、軽いエッセイ。作業は順調に進行中。


引越しの準備も順調に進み、持っていきたいモノはだいぶ車に積み込んだから、部屋の中が殺風景になってきた。(服を段ボールに詰める作業が残ってるから、作業完了というわけではないけれど)

それでも、圧倒的な存在感を放っていた40インチのテレビが消え去り、いつも作業をしていたiMacも車に積み込まれ、フカフカのラグも姿を消した。残っているのは、実家に置いていく机と椅子とベッドくらいのものだ。

この家に引っ越してきたのは15年前、高校に入学するタイミングだった。それから徐々に増えていった物量は凄まじく、必要なモノを整理して梱包して車に載せるのだけでも3日かかった。こんなにたくさんのモノに囲まれて生きてきたんだ、ということを実感する3日間だった。

今の部屋を構成しているのも、確かに以前からずっと使っているモノだけど、それでも、ピースの欠けたパズルが完成することがないように、作り込んだ「自分の部屋」ではなくなっていく。

引越し業者に頼むと一瞬でモノがなくなるから、そのような過程を味わうことなく、スッカラカンの「自分の部屋だったもの」の真ん中に立つことになる。でも、自分で少しずつモノを減らしていくと、減っていく過程を目の当たりにするから、あるときから自分の部屋じゃないような感覚を覚えるようになる。

また、それと同時に、モノが少なかった15年前の部屋にタイムスリップしたかのような気分にもなる。体はもう若くないのに、心だけ一気に若返ったような気がして、棚を意気揚々と運んでいると背中を痛めてしまった。(ロキソニンを飲んだら一瞬で治ったけれども)


引っ越しには気分転換という効果もあるという。

でも裏を返せば、こだわって作り込んできた「自分の大好きな空間」を自発的に壊す作業の繰り返しだから、心がすり減ることだってあると思うんだ。僕はどうも、後者の印象が強く刻まれてしまう人のようで、何もなくなった部屋で書く文章は、いつもより少し後ろ向きのものになってしまう。

それでも前に進まないといけないから、予定どおり、自分がやらないといけないことを淡々と進める。感情はひとまず置いておいて、このまま黙々と作業をこなそう。


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