もうすぐ7か月。
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この家に引っ越してきてもうすぐ7か月が経つ。忙殺されている間に、いつの間にか半年は越えてしまった。
まだまだ全然「引っ越してきたばかり」という印象だけど、もう7か月も経つことに驚きつつ、時が流れるスピードは残酷だなと思う。そんな中でもただひとつ、7か月間でずっと変わらない思いは「本当にいい家だな」ということ。たぶんお風呂に入っているとき、お湯に浸かっているときに一番感じているのだけれど、あれはなんでだろう? ちょっとだけ思考を掘り下げてみたい。
直前に住んでいた家が1LDKで、無理矢理2人で生活していただけだからかもしれないけれども、なんといっても空間的な余裕がある。これに勝るものはない。
一応3LDKの間取りだが、リビングに隣接している部屋は、2人分の机を置いて在宅勤務やブログ作業を行う書斎として常に開放し、一つの空間として使っている。だから、実質的には2LDKみたいなものだ。
残り2つの部屋は寝室と、とりあえずの物置部屋。なんとも贅沢な空間の使い方だなと思うと同時に、僕ら2人はどうやら荷物が多いみたいだから、これくらいの空間の使い方が余裕があっていいのかもしれない。
むしろ、子供が生まれて大きくなったら手狭になることが目に見えているから、次の家はどうしようかと、漠然と考える日々が続いている。
そしてもちろん、分譲マンションだから賃貸と比べて設備がいい。ビルトインの食洗機なんて当然のようについているし(本当に毎日助けられている)、お風呂やお手洗いのグレードも相応で、快適に暮らすことができている。
家具もそれなりにこだわって買い替えたりしたから、見た目も機能も自分たちに最適化された「理想の家」となりつつあるのだ。
そして、もう一つの「いいと思うポイント」は(と言いつつこっちの方が大きい)、自分の家を持っている安心感。人のものを借りているのではなく、これは自分のものなのだと。
実際に家を買うまでは、どうせ住宅ローンの支払いも賃料の支払いも名目が異なるだけで支払うことに違いはないから、自分が所有していようといまいと関係ないと思っていたが、どうやら違うみたいだ。なんだろう、うまく言語化できないのかもしれないけれども、言ってみれば「ちゃんと帰る家があること」の安心感だろうか。
もちろん賃貸であっても借りている間は自分の帰るべき家であることは間違いないのだが、心のどこかには「ここは賃貸で本来の自分の家ではない」という思いが潜んでいて、無意識にもそれが毎日のように頭によぎるものだから、いつの間にかボディブローのように効いてきて「本来の」が抜け落ちてしまい、「ここは自分の家ではない」と錯覚してしまっていたみたいだ。
しかし、自分で買った家であれば名実ともに自分のものだから、そんな思いはかけらも感じることはない。本当に「かけらも」感じることがないのだ。確かに住宅ローンは払っているけれど、それは借りたお金を返しているだけであって、家自体は自分のものだから。
もしかすると将来的に売ることがあるかもしれないけれども、現時点では僕と僕の家族にだけ使うことが許され、未来永劫他人が使うことは一切想定すらされない。この感覚こそが「居を構える」という言葉の本質なんじゃなかろうか。
と、偉そうなことを言いながらも、まだまだ7か月。きっとこれから何年もこの家で暮らしていくのだろうから、まだまだ序盤。
この家に引っ越してきてから、犬を飼い始めたし、車も買い替えた。これから先も人生のターニングポイントとなりそうないろんなイベントが待ち構えているのだろうなという期待と、ちょっとばかりの不安を抱きつつ、まだまだ暮らしていくのだろう。
これからも前進するための礎となる安心感は、間違いなくこの家に由来している。自分で買った家に実際に住んでみるまではそんなこと思いもしなかったから、住み始めて7か月が経った時点の感想として、ここに記しておこう。